6)再び質疑応答

参加者の質問1「実戦で、なかなか手が読めません。一手先か、せいぜい二手先までしか読めませんし、見落としも多いんです。もっと先までちゃんと正確に手が読めるようになりたいんですが、どうしたらいいでしょうか?」

バブリンGM「いい質問です。手を読む、とは、頭の中で指し手をツリー状に思い浮かべることですね。私がこう指したら、相手はAか、Bだろう。もしもAと来たら、私はA1か、A2か、それともA3かな。もしもA1なら、相手は・・・というように枝分かれしていく道筋を想像するのが“読み”です。
「この能力を伸ばすにはどうすればよいか、ですが、ソ連のGMKotovの名著Play like a grandmasterに書かれている練習方法をご紹介しましょう。本や雑誌に載った棋譜を盤上に再現して並べていき、盤面図が掲載されている局面に来たら、紙と鉛筆を手元に用意し、そこから先の駒を動かさず、盤を睨みながら、次の白の手は?黒の応手は?と、順を追って次々に頭に浮かんだ手を紙に書いていく。ひとしきり考えたら、実戦ではどうなったのか、紙に書いた自分の指し手と比較する。こうやって、盤面図が載っている局面ごとにこの作業を続けながら進む、という練習方法です。実戦さながらの、とても効果的なトレーニングです。
「それと、もう一つ。チェスの本を、盤を使わず、図面から次の図面まで、頭の中で指し手に沿って駒を動かし、盤面を想像しながら読むのも良いトレーニングになると思います。」

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参加者の質問2「チェスの勉強にさける時間が週に五時間くらいしかありません。時間配分はどうしたらいいでしょうか?」

バブリン
GM「時間を一番多くかけるべきは、中盤でしょう。第二代世界チャンピオンのエマニュエル・ラスカーは、『まずい作戦でも、作戦が無いよりはずっといい』と言いました。ただ漫然と指すのではなく、良かれ悪しかれ、何か作戦(プラン)を立てて指した自分の実戦を振り返り、特に印象に残る“好手”や“ミス”を拾い上げ、代わりにこう指したらどうなるだろう、ああ指したら・・・と、前後の指し手を分析するんです。中盤の分岐点をじっくり“読む”ことで、作戦を立てる“感覚”を養うことが出来ます。
「同じようにして、強いGMの実戦を盤に並べながら分析していくと、学ぶことが多いでしょう。その場合、現代のゲームだけでなく、昔の名局もとても役に立ちます。若い人たちの中には、まるでチェスがつい20年かそこら前に誕生したゲームであるかのように現代のゲームにしか関心がない人がいますが、これは大きな間違いです。現代の一流棋士の指し手が示す“素晴らしい着眼”は、だいたいはラスカーやカパブランカによって“発見済み”です。時代を超えて今に伝えられている彼らの名局はとても内容が濃く、とりわけ中盤の勉強には最適です。
「また、駒のぶつかり合いtacticsやエンディングの問題集を解くのもいいですね。その一方、エンディングを“分析する”となると、有益ですが、“いつも必ず”というメニューからは外してもいいでしょう。また、序盤の定跡研究にはあまり時間を使わないことです。ゲームが終わってから、あとで定跡の本を開いて自分の指した手と比べ、『ああ、この手が悪かったんだ。代わりにこうすれば良かったんだな。』と分かればそれで十分です。初めから手順を全て覚えておこう、なんて思わないことです。
「まとめますと、週に五時間なら、自分の実戦の分析、GMの実戦の分析、本を読むこと、これに一時間ずつ。それからtacticsやエンディング、時にはスタディのパズルを解いてみる。それから実戦練習としてブリッツをやる。ブリッツは面白いですよね。練習は、楽しんでするのが一番です。」

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参加者の質問3「駒のぶつかり合いtacticsとエンドゲームと、どちらを多く練習すべきでしょうか?」

バブリンGM「チェスの上達に向けて、tacticsを重視する人が多いのは事実です。でも、技をかけるには、そこまでの局面を作り出す戦略や、駒を運用するテクニックが必要となるので、tacticsだけでなく、戦略やエンディングの勉強にも時間を使ってください。現代のGMや昔の名人たちの実戦解説を読むと、tacticsに戦略にエンディングと、チェスの一通りを学ぶことが出来ますので、是非お勧めします。たとえば週に二時間チェスに使える時間があったとして、二時間丸々tacticsを練習しても、あまり効果的とは言えません。
「その上での話ですが、tacticsが上達するには、毎日の練習が大切です。tacticsに秀でた棋士と言えば先ずミハイル・タリを思い出す人は多いと思いますが、タリは大会の合間にちょっと待ち時間ができると、会場の隅で雑誌などの“次の一手”問題を解くのを習慣としていたそうです。あの天才タリにして、日常の練習を欠かさない姿勢には感銘を受けます。どうぞ皆さんも、ちょっとした時間の合間をみて、tacticsを練習するようにしてみてください。
「大事なのは、練習の量よりも質です。昔、習っていたバスケットのコーチに言われたことを思い出します。彼が言うに、『週一回クラブに来てシュート練習を1000回しても、意味がない。家で毎日100回やった方がずっといい。』チェスも同じです。問題をささっと十個やるよりも、三つか四つ、じっくり考えて解く方が効果的です。
「もちろん毎日となるとなかなか難しいでしょうから、週に二日でも三日でもいいです。図面を三つとか四つだけでもいいですから、例えばどこかに出かけるとき、カバンの中にチェスの問題集を入れておいて、電車の待ち時間とか、ちょっと10分とか20分、時間が出来たら、本を開いて問題を解いてみる。それだけでもずいぶん違ってくると思いますよ。」

渡辺FM「同感です。私事で恐縮ですが、私も学生時代に比べるとめっきりチェスを練習する時間が減っていますけど、でも毎朝パソコンを開いてメールチェックするとき、その日に届いたChess Today紙に載っている“次の一手”問題を解いています。とても貴重な練習となっています。」

バブリンGMChess Today紙は毎日ですから、隅から隅まで読もうとすると、ちょっと量が多すぎるかも知れませんから、どうぞ“次の一手”問題だけでも解いて、他はあとで時間があるときに読み返してもらえれば幸いです。私も“次の一手”問題だけは解くようにしてますが、時々、解けないときがあって、そうなると朝から不愉快ですね(笑)。すぐに出題担当者に『今日のは難しすぎるぞ』と文句のメールを出します(爆笑)。」

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渡辺FM「先ほどのエンディング講座の最後で、ステール・メイトにしてドローに持ち込む手筋が出て来ました。聞いていらした皆さんの中には、もしかすると、『そんなことは滅多に起きないだろう』と思った方がいらっしゃるかも知れません。でも、実際は、起きるんです。



図は1991年にルーマニアで開かれた世界ジュニア大会でのゲームで、相手はインドの選手Prakash, GB (2355)
私が黒です。残念ながら私は負けそうです。ここで白は

1.Bxf7
と取ってきました。もしも黒が1..., Rxf7と取れば、2.Re7, Rxe7+ 3.Kxe7 となって黒のキングがどう動いても、3…Kh6なら4.Kf6などと白のキングが寄って白勝ちです。
そこで、どうせ負けだけど何かしよう、と思って私は
1..., g5
としました。ここで、2.Re7と入っていればたぶん白勝ちだったでしょうが、
2.fxg5
と取ってきました。そこで
2..., Rxf7
3.Re7, Kg6
はい、これで次に4.Rxf7 ならステールメイトのドローです。なので白は
4.Re6+, Kg7
5.Rh6
としてきました。ここで実戦では5...,Rf1と間違えてしまいましたが、もしも
5..., Ra7
ならドローです。なぜなら、この後6.Rxh5と取られたときに6…, Ra6とすれば、7.Rh6を防いでいるからです。白のルークを押し込めることができました。
このように、エンディングの手筋は、実戦で、いつ、どこに出て来るか分りませんから、バブリンさんに習った今日の手筋をしっかり覚えて是非皆さんの実戦に活用してください。」

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参加者の質問4「私はまだ初心者なんですが、自分が好きなGMを真似て、その人と同じように指したりするのは上達につながるでしょうか?」

バブリンGM「もちろんです。例えば、自分が指すのと同じ定跡を指すから、という理由で好きになったGMの棋譜をたくさん並べると、序盤の指し方はもちろんですが、それだけでなく、中盤の作戦や終盤のテクニックも一緒に学べますから、上達に確実につながります。バランスよくチェスの全体を学べるので、たいへん効果的な練習です。
「ただし、自分の棋風が本当にその棋士の棋風に近いかどうかは、ちょっと考えてくださいね。もしもあなたがバシバシッと駒を捨てて攻め込むのが好きなタクティシャンなら、クラムニクはダメです。クラムニクがポーンを一個捨てるのは一年に二度あるかないかですから(笑)、もしもあなたがタクティシャンなら、ラジャボフかシロフを追いかけるのがいいと思います。その点にだけ気を付けてくれれば、“お気に入り”の棋士の棋譜を集中的に並べるのはとてもよい上達法だと思います。」

[訳注。この発言だけを聞くと、あたかもクラムニクをけなしているように聞こえますが、そうではありません。実際は、バブリンGMの「愛情表現」です。後述の「略歴」参照。]

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参加者の質問5「今、世界で一番強い棋士は誰だとお思いですか?」

バブリン
GM「マッチならアナンド、リーグ戦ならトパロフでしょうか。
「アナンドは現世界チャンピオンですから一番強いと言えますが、トパロフは時々、アナンドを凌ぐのではないか、と思わせる強さを見せてくれます。クラムニクも確かに強いですが、彼のは負けない強さで、相手を倒す強さではありません。彼が大きな大会では常に二位か三位で、なかなか優勝できないのはそのせいです。その点、トパロフは色々な相手に対して色々な勝ち方ができるので、例えば10人の棋士によるリーグ戦なら、トパロフが優勝候補の一番手だと思います。」

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バブリンGM「それでは、そろそろ同時対局に移りましょう。

「もう皆さんご存知とは思いますが、同時対局はテーブルをぐるりと並べて、外側に皆さんが座り、私が中をぐるぐる回りながら指すものです。私が盤の前に来たら指していただくルールになっていますが、皆さんにあまりプレッシャーをかけたくないので、一回だけ『パス』を認めます。私が前に来てもまだ考えたいと思ったら、『パス』とおっしゃってください。そうすれば素通りします。でも、一回だけですから、あまり初めの方には使わない方がいいと思います。初めは人数が多いので、私が回る時間も長いです。段々、人数が少なくなってくると回りが速くなりますから、『パス』はその頃に使った方がいいですよ。(笑)

「それから、出来れば、ですが、駒は大きいものを使ってください。大きいのの隣の盤がものすごく小さかったりすると、やりにくいので。無ければいいですが、あれば、大きいのでお願いします。」

 こうして同時対局開始。

(全員で記念写真を撮って、講座終了)





(7)付録:アレクサンドル・バブリンGMの「私の履歴書」

生い立ち

1967219日、私はニズニー・ノブゴロド市に生まれました。モスクワから500キロほど西に位置する、ロシアで人口が三番目に多い大都市です。両親はごく普通の労働者でしたが、水泳とバスケットとチェスという私の趣味にとてもよく理解を示してくれて、いつも応援してくれました。

1984年、私はゴーリキー大学電気物理学部に入学。翌年、徴兵されましたが、軍隊では大半の時間、チェスを指していましたから、とても恵まれていました。1987年に除隊してからは軍スポーツクラブに所属し、僅かとは言え固定給をもらえるようになって、ありがたかったです。大学は夜間部に移り、昼間はチェスに熱中しました。ソ連では70年代から80年代にかけて、多くのソビエト(国内)マスターやGMたちがこの制度に助けられました。でも、90年代に入るとこの制度がなくなってしまったので、私は自分の将来を一から考え直さなくてはならなくなりました。自分は技術者には向いていないと考え、大学を四年の途中で中退。改めて大学付属のゴーリキー外国語学院に入学して英語と言語学を学び始めました。後にアイルランドに住むことになった時、ここで英語を学んだことがとても役に立つことになります。

GMへの道のり

1987年、私はソビエト・マスターになりました。旅行が自由にできる時代になったので、ハンガリーやポーランドなど、東欧の国で開かれる大会に参加するようになりました。

1990年、IMの資格を取りました。そして91年、私はブタペストで行われたGM大会(GMノルマが設定された大会)に初めて参加して一位となり、あっさり一つ目のGMノルマを達成しました。二ヶ月後、再びブタペストのGM大会に参加した私は、最終ラウンド、優勢な局面を勝ち切れず、0.5ポイント差でGMノルマを逃しました。同じ年に二つ目のノルマが取れればGMになれましたから、大きなチャンスを逃したのです。その後の幾つかの大会でも好成績を収めた私は、当時、「世界で一番レーティングの高いIM」となりました(1993年に2550でした)。世界で一番ストレスをため込んだIMでもあったと思います。何度も、あとちょっとの所でGMノルマを逃し続けたからです。心理的な壁を乗り越えられなかったんだと思います。

1993年、私は家族と一緒にアイルランドに移住しました。外国に引っ越したことと、コーチとして働き始めたことで、一時はトーナメントの成績が落ちましたけど、長い目で見れば正解でした。チェスに割ける時間が増えたからです。

1995年の末、グローニンゲンの大会でGMノルマ達成。翌96年、コペンハーゲンの大会でまたGMノルマを達成した私は、その年、イェレヴァンのオリンピアード会期中に開かれたFIDE総会で正式にGMの称号を認定されました。私のこれまでの最高レーティングは2600です(19981)

私の棋風

私の棋風はたぶん、「とても堅実」と「アクビが出るほど退屈」の中間だと思います。シロフよりカルポフに近いことははっきりしています。尊敬する棋士はたくさんいますが、中でもクラムニクの棋風が一番好きですね。

アイルランドへ

 1993年、フランスで行われた大会(St.-Michel Open)の会場で、アイルランドチェス協会のイーモン・キーフ会長と会いました。彼から、アイルランドに来ませんか、と勧められた私は、その年の5月、初めてアイルランドの土を踏み、そして9月には妻のエレナ(1988年に結婚)と息子のイヴァン(1990年に生まれました)と一緒にアイルランドの首都ダブリンに引っ越しました。初めての外国暮らしでしたが、キーフ会長らが親身に世話をしてくれたお蔭ですぐに慣れ、今ではすっかりアイルランドの生活になじんでいます。1995年には娘のアナスタシアが生まれました。

 どこか違う国を見てみたい。そしてもっと旅行がしたい。これが、私がアイルランドに引っ越した主な理由です。私は旅行が大好きで、幸いなことに、チェスを仕事としていると、あちこち旅行する機会に恵まれます。アイルランドに移住することを後悔したことは一度もありません。自分の知らなかった文化に触れられるのは本当に楽しいですから。それに、今でも年に数回はロシアに帰ります。両親が住んでいますし、友人もたくさんいますからね。

 [HP << Grand Master Square >>より抄訳]
 

  構成:神田大吾