(4)質疑応答
参加者の質問1「見せていただいた二局は、どちらもポーンの弱点や、ポーンで守れない弱いマス目を巡っての戦いでした。作戦を立てるとき、何か他に気を付けることはありますか?」
バブリンGM「チェスの駒にはポーンとピースがあります。作戦を立てるとき、ポーンがとても大事な要素となる場合が多いのですが、ピースにも目配りしてください。例えば、
1.e4, e5 2.Nf3, Nc6 3.Bb5, a6 4.Bxc6, dxc6
5.0-0, f6 6.d4, exd4 7.Nxd4, c5 8.Nb3, Qxd1 9.Rxd1
「これはルイ・ロペスの交換変化と呼ばれる定跡(C69)です。カパブランカやラスカーやフィッシャーら、歴代の世界チャンピオンたちが一度は指したことがある形です。
「さて、先ずポーンだけ見ましょう。もしもピースを全部交換して消して、ポーンだけが残ったとしたら、局面はこうなります。
「こうなると、白の勝ちです。なぜなら、盤面右側のキング・サイドではポーンが四対三ですから、白は確実にパスポーンを作ることができます。でも、反対側のクイーン・サイドでは、黒のポーンが四対三ですが、ダブルポーンなのでパスポーンを作れないからです。
「では、9.Rxd1となった先ほどの局面で、黒はもう負けなのでしょうか? そんなことはありません。黒にはビショップが二個あります。二個ビショップ対ビショップとナイトでは、二個ビショップ側が少し有利です。そこで、ここから先、白はピース交換、特に相手のビショップ二個のうちどちらか一個を交換して消すことを目指して作戦を立てます。一方、黒はピースを展開しつつ、出来るだけピース交換は避けるよう注意しながら布陣します。
「もう一つ、別の定跡を見てみましょう。
1.d4, Nf6 2.c4, g6 3.Nf3, Bg7 4.g3, 0-0 5.Bg2,
d6 6.0-0, Nc6 7.Nc3, a6 8.d5, Na5 9.Nd2, c5 10.Qc2, Rb8 11.b3, b5
「キングズ・インディアンのユーゴスラビア変化と呼ばれる定跡(E66)です。ひと頃、盛んに指されました。
「ここで注目すべきは、a5にいる黒のナイトです。
「今、c4のポーンに当たっていますので、白はNd2と引いて守らねばなりません。白のピースを釘付けにしていますから、a5のナイトは良い駒です。
「一方、もしも盤面右側のキング・サイドで戦いが始まれば、端に取り残されたa5のナイトは悪い駒となります。図の局面から後、白が例えばRb1、Bb2、 Nce4として、黒のf6のナイトやg7のビショップと交換し、それからポーンをe4に突き、Qc3と上がって、そしてf4からe5とポーンを突いて…といった風にもしも中央からキング・サイドを攻撃するような展開になれば、a5のナイトは蚊帳(かや)の外、何も働いていません。キング・サイドの守りには何の役にも立たない悪いピースとなります。
「このように、どんな定跡にもそれ特有の『ポーンの形』とその局面で『重要なピース』があり、プロ棋士同士のゲームでは必ずそれが争点となります。ゲームが終わった後、彼らは『このピースが問題だから、こういう作戦を立てた』と感想を述べるでしょう。ですから、私が思いますに、定跡の本よりもプロ棋士の実戦集を読む方が、このような『局面の解説』をしてくれますから、それだけ学ぶことが多いと思います。」
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参加者の質問2「よく『スペースを取る』と言われますが、具体的には、なぜ、どんなことを狙って、スペースを広く取ることが重要なのですか?」
バブリンGM「スペースはとても大事な要素です。例えば、
1.d4,
c5 2.d5, e5 3.c4, d6 4.e4, Nf6 5.Nc3, Be7
「これはオールド・ベノニ(あるいはインド・ベノニ)と呼ばれる定跡(A56)です。白にはスペースがありますから、この先、白のピースは三段目から四段目まで展開しますが、黒のピースは二段目か三段目にとどまるでしょう。
「もしも黒がのんびり構えていると、白は盤面左側のクイーン・サイドで戦いを起こすでしょう。そして、黒がそれを何とか受け止めたとしても、今度は大きくサイド・チェンジして、盤面右側のキング・サイドを攻撃します。
「白にはスペースがありますから、駒の移動が容易です。でも、黒は抑え込まれていますから、盤面の反対側に駒を移動するのには四苦八苦するでしょう。
「ですから、スペースはとても大事な要素なのです。もしも相手にスペースを譲るならば、それと引き換えにピースを早く展開するとか、何か具体的な代償がなければなりません。今日の最初にお見せしたゲームを思い出してください。
(□Varavin, V. ■Baburin, A.、11…,
d5 12.c5まで)
「黒は、白に12.c5と突かせ、クイーン・サイドでスペースを譲りました。でもそれは、黒のピースの方が働きが良いし、白のd4が攻撃目標になる、と考えて立てた作戦だったのです。」
(5)エンディング講座
(会場を見渡して)松戸クラブには若い方もたくさんいらっしゃるようですね。若い人たちは、たいてい序盤の定跡から学び始めます。序盤はゲームの始まりですから、定跡を学ぶことは間違いではありません。でも、第三代世界チャンピオンのラウル・ホセ・カバブランカが書いた本は、先ずエンディングから始まります。カパブランカは歴代のチャンピオンの中でもたぶん一番才能豊かな棋士です。そのカパブランカにならい、私たちもこれからエンディングを見ていきましょう。
チェス棋士には大きく二種類に分かれます。駒を切って攻めるのが好きで、いつもチェックメイトを狙い、短手数のゲームが多い棋士と、テクニカルなゲームが好きで、長手数のエンディングになることが多い棋士です。私は後者のタイプです。
そういうこともあって、私はチェスを生徒さんたちに教えるとき、よく使うのがこの局面です。
第一問
白の手番です。どう指しますか?
1.e4だと思う方は?・・・いらっしゃいませんか。はい、たいへん結構です。1.e4 ?? はとても悪い手です。先ずキングから動かしましょう。
1.Kd2, Kd8
2.Kd3, Kd7
3.Ke4, Ke6
4.e3, Ke7
5.Ke5, Kd7
6.Kf6, Ke8
7.Ke6
これがオポジションopposition(対向)と呼ばれる位置関係です。
7…, Kd8
8.e4, Ke8
9.e5, Kd8
10.Kf7
ポーンを突くことによって間合いをはかり、相手のキングがずれた所で七段目に入り込み、ポーンの昇格を確保します。白の勝ち。
オポジションはエンディングの基本ですので、ぜひ覚えておいてください。
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第二問
次はもう少し難しいエンディングを見てみましょう。
白の手番です。皆さんが白で、黒の私に挑戦してください。・・・特に若い方、どうですか?・・・間違いを怖がらないでください。何でも知っている人なんか、いません。誰だって初めは知らないんですから。さて?・・・
参加者「1.Ke2ですか?」
はい、良い手ですね。
1.Ke2, Kd8
はい、それではこの次、二手目はどう指しますか?
参加者「2.Ke3ですか?」
やってみましょう。2.Ke3, Ke7 (opposition)
3.Ke4, Ke6・・・これはドローですね。3.Kf4としても、3…Kf6です。白のキングが相手陣内にどうやっても入れませんから、失敗です。
参加者「では、2.Kd3ですか?」
やってみましょう。2.Kd3, Kd7・・・うまく行きませんねぇ。
参加者「では、2.Kf3ですか?」
やってみましょう。
2.Kf3, Ke7
3.Ke3 !
今度は白がオポジションを取りました。大成功です。
3…, Kf6 [3…, Ke6 4.Ke4]
4.Kf4, Ke6 [4…, Kg6 5.Ke5, Kg7 6.Kf5]
5.Kg5, Kd5
6.Kxh5
白が先に相手のポーンを落とし、パスポーンを作ることが出来ました。
6…, Kc4
7.Kg4, Kxb4
8.h5, Ka3
9.h6, b4
10.h7, b3
11.h8/Q, b2
さて、これも重要なエンディングの局面です。皆さん、ここから先、どうやって指せば勝てるか、ご存知ですか?
12.Qb8, Ka2
13.Qa7+, Kb3
14.Qb6+, Kc2
15.Qc5+, Kd2
16.Qb4+, Kc2
17.Qc4+, Kd1
18.Qb3+, Kc1
19.Qc3+, Kb1
20.Kf3, Ka2
21.Qc2, Ka1
22.Qa4+, Kb1
23.Ke2, Kc1
24.Qd1#
お見せしたのは、第二代世界チャンピオンのエマニュエル・ラスカーが紹介したエンディングです。簡単と言えば簡単ですけど、エンディングの基本(オポジション)を教えてくれる重要なものだと思います。
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第三問
これも白の手番です。皆さんが白で、黒の私を負かしてください。どう指しますか?
・・・元世界チャンピオンのミハイル・ボトヴィニクが言った有名な言葉をご紹介しましょう。「エンディングには、知らなければいけない局面というものがある。局面をたくさん知っていれば知っているほど、強くなる。クラブ・プレーヤーなら100個も知っていれば合格だ。私が知っているのは10,000個だが。」だそうです。皆さんがボトヴィニクより強くなるのはちょっと難しいかも知れません(笑)が、でも少しずつ、知らなかった局面を一つずつ覚えていって、100個、200個、知って、強くなってください。
さて、この局面ですが、初手は簡単ですね。白f6のポーンを取られないように指すには、一つしかありません。
1.Ke5, Kf8
(途中図1…, Kf8まで)
さて、ここでどう指しますか?
参加者「2.Ke6ですか?」
やってみましょう。2.Ke6, Ke8 3.f7+, Kf8・・・おやぁ、ドローになっちゃいました。残念。さて、そうすると?・・・
参加者「2.Kf4ですか?」
(バブリンGM、驚いたふりして)f4? そんな手でいいんですか?
2.Kf4, Ke8
3.Ke4, Kf8
4.Ke5 !
はい、正解です。途中図と全く同じ局面に戻りましたが、今度は手番が黒です。これが大きな違いです。
4…, Ke8 [4…, Kf7 5.Kf5, Kf8
6.Kg6]
5.Ke6, Kf8
6.f7
これで白の勝ちです。白はキングをe5からf4、e4、そしてe5と動かしました。これが「三角形」(トライアングル)と呼ばれる、エンディングの基本です。どうしてこんなことが起きるかと言うと、白のキングの動ける場所が三マス(f4,e4,e5)であるのに対し、黒は二マス(f8,e8)しかありません。だから白は相手に手番を渡すことが出来るのです。
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第四問
この局面はルーク・エンディングの中でも最も重要な局面の一つで、「フィリドールの図」と呼ばれています。黒の手番で、ドローに持ち込むテクニックです。皆さんが黒ならば、どう指しますか?
参加者「1…, Rb6ですか?」
はい、最善手です。キングより先にポーンを突かせよう、という狙いですね。
1...,
Rb6 !
2.e6, Rb1
ポーンを突いたらルークを戻し、今度はキングの背後から連続チェック。白は自分のポーンが邪魔になり、チェックを防げませんからドローです。
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第五問
エンディングは退屈だ、などと言う人が時々いますが、そんなことはありません。むしろドキドキする位に面白いエンディングだってあるんです。その一例をご紹介しましょう。
図は、白がスコットランドのGMのモトワニP.Motwani、黒はペルーのGMのグランダ・ツニガJ.Granda Zunigaの試合(Thessaloniki (ol)
1988)の49手目。白がルークをb7に回り、黒がb6のポーンを取られないよう、一つ b5と突いた局面です。手番は白です。ポーンが二対一ですし、b4のポーンが落ちそうですから白は敗色濃厚ですが、たった一つ、ドローに持ち込むアイデアがあります。それは何でしょう? 皆さんが白ならどうしますか?
・・・どうぞ、恥ずかしがらないで下さい。間違ってもいいんです。トレーニングですからね。・・・どうですか?
参加者「1.Rh7ですか?」
はい、良い手です。
1.Rh7, Rb3
その次は?
参加者「2.Rh6+ですか?」
はい、良い手です。
2.Rh6+,
Kc7
その次は?
参加者「3.Kc5ですか?」
はい、そうすると私は3…, Rc3+ とします。4.Kd4, Rc4+でポーンが落ちました。これは良くないです。さて、どうしますか?
(参加者一同、しばし沈黙)
・・・私は東京に滞在している間、友人のサミュエル・コリンズの家に泊まっていますが、皆さんに彼の秘密をお教えしましょう。彼は毎朝、朝食を食べながら、エンディングを5個、解いています。それが彼の強さの秘密です。ですから皆さん、明日から毎朝、エンディングを6個、解いてください。そうすればすぐに彼より強くなれます。
(会場爆笑)
・・・さて、どうでしょうか?
参加者「3.Rh4ですか?」
(バブリンGM、驚いたふりして)Rh4? ほんとに? いいんですか?
3.Rh4,
Rxb4+
4.Kc5, Rxh4
ルークを抜かれてしまいましたが、でも・・・ステール・メイトのドローですね。正解です。素晴らしい!
(会場にも賞賛のどよめきが広がる。)
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第六問
エンディングは、超一流のプロ棋士でも間違えます。例えば今から八年ほど前、カザフスタンのアスタナ市でとても大きな大会が開かれました。世界のトップクラスを集めたその大会から一局、ご紹介しましょう。
図は白がA.シロフ 2722 で、黒がA.モロゼヴィッチ2749のゲーム(Astana 2001)で、54…, Rh3+ 55.Kb2となった局面です。
黒の手番です。放っておくと白にh6のポーンを取られてしまいますが、1…, Rxh5とポーンを取ると、2.Ra5+からルークを取られてしまうので、ダメですね。さて、皆さんならどう指しますか?
参加者「1…, Rxh5」
(バブリンGM、真顔で)えっ? その手はルークを取られるからダメだ、って言いましたよ。聞いてなかったんですか?
参加者(恐る恐る)「・・・1…, Rxh5」
(バブリンGM、ニッコリ笑って)では、やってみましょう。
1…,
Rxh5 !
2.Ra5+, Kb4
3.Rxh5
ステール・メイトのドロー。正解です!
でも、実戦では、こうはなりませんでした。疲労困憊のせいだったか、持ち時間がなかったか、あるいはその両方か、55…, Kb4 56.Rb6+, Kc5 57.Rxh6とポーンを取られ、以下73手までで黒が投了しました。
このように、モロゼヴィッチのような世界の超一流の棋士でも間違えるのがエンディングですから、実戦では本当に、何が起きるか分りません。それにまた、私が思いますに、エンディングを学ぶと、チェスの全体像をつかむことができます。強くなるには、エンディングを学ぶことが大切なのです。
(続く)