(3)自戦解説その二(
参照棋譜)
次にお見せするゲームのテーマも初めのものと同じく、「作戦planはどのように立てるか」です。作戦をおろそかにして漫然と指してはいけません。でも、一度立てた作戦に固執してもいけません。作戦は、あくまでゲームの流れの中で立てるものです。局面、局面に応じた作戦を論理的に考えて組み立てましょう。ご覧いただくのは私が1991年にオーストリアのOberwartで指したゲームです。相手はユーゴスラビアのマスターで、私が白番です。
□Baburin, Alexander
■Robovic, Saudin
1.d4,
Nf6
2.c4,
g6
3.Nf3,
Bg7
4.g3
戦型はキングズ・インディアンとなりました。それに対する白の対策は幾つかありますが、私はとても手がたい定跡を選びました。
4…,
0-0
5.Bg2,
d6
6.0-0,
Nbd7
7.Qc2,
e5
8.Rd1,
Re8
9.e4,
c6
10.Nc3,
Qe7
11.b3,
a5
ここまでは定跡手順です。
さて、ここで私は最初の作戦を立てました。白には幾つかの選択肢があります。12.d5と突いてスペースを確保するか、手の内を未だ明かさないよう12.Bb2と駒を展開するにとどめるか、あるいは
12.dxe5
とポーンを交換してしまうか、です。
12…,
dxe5
さて、ここで立ち止まりましょう。
作戦を立てるとき、頭の中で盤面からピースを消して「ポーンだけ見る」のがコツです。例えばこんな具合です。
ポーンだけご覧ください。すると、白の弱点がd4であることが分かります。自分のポーンで守れないこの地点を、もしも黒の駒に制圧されると「大事件」になってしまいます。ですから黒はd7のナイトをf8あるいはc5からe6に移動してd4を抑えようとするでしょう。白は何としてもそれだけは阻止しなければなりません。一方、c8のビショップは白マスですから、d4(黒マス)には関係ありませんので、こちらは白の駒(特にd4の守りに効いているf3のナイト)と交換を狙って来るでしょう。なので、私の次の手は
13.h3
です。黒のBg4を未然に防ぎました。
さて、黒の弱点はd6とb6で、特に盤面中央のd6が重要です。白がこの地点を制圧するには、Be3からポーンをc5と突いて抑え、次にNfd2〜Nc4〜Nd6です。なので、黒は
13…,
Nc5
と指しました。白ポーンをブロックしつつ、次にNe6〜Nd4を狙った一石二鳥の手ですから、白はすぐに対応しなければなりません。
14.Ba3
クイーンをピンしたので、黒はナイトを引けなくなりました。このように、ビショップを(1)e3-a7の斜線で使う予定だったが、(2)a3-e7の斜線に切り替える。局面の変化に応じて柔軟に指すのが、ビショップをうまく使うコツです。
14…,
b6
15.Na4
さてここが重要な局面です。黒はどう指したらいいでしょう? 白は次にNxb6を狙っていますから、そのb6のポーンをどうやって守るか。(1) 15…,
Nfd7か、(2) 15…,
Rb8か、それとも(3) 15…,
Qa7でしょうか?
(1) 15…, Nfd7は悪手です。白はズバリ、16.Rxd7と切るからです。黒はビショップで取り返すしかありませんが、16…, Bxd7
17.Nxb6, Rb8 18.Nxd7, Qxd7 19.Bxc5と進んで白が大いに優勢です。
そこで実戦では(2) 15…, Rb8と指しましたが、良くありませんでした。
最善は(3) 15…, Qa7でした。一見、クイーンがソッポに行くようで指しにくい手ですが、ビショップのピンをはずす効果があり、16.Nxc5,
bxc5の後、黒f6のナイトをNd7〜Nf8〜Ne6〜Nd4と展開する狙いです。
15…,
Rb8
16.Nxc5,
bxc5
さて、ここでまた新たな作戦を立てましょう。
一目瞭然、黒c5のポーンが「弱点」ですが、弱点とは「それを攻めることができる」ときに初めて弱点となります。攻める駒がどこかにないか、と思って見渡せば・・・f3にいますね。
17.Ne1,
Be6
18.Nd3,
Nd7
白のナイトがc5に当たりましたが、オープン・ファイルを塞いでしまっているので、もっと良い場所に移動しましょう。
19.Qd2,
Ra8
黒のもう一つの弱点a5に当ててルークをずらしてから
20.Nb2
さぁ、今度は黒が作戦を立てる番です。黒はここまで、ミスがないわけではありませんでした(15…, Rb8)が、勝負の行方はまだまだ分らない局面です。
さて、作戦を立てるとき、自分が何をしたいか、も大事ですが、「相手が何をしたがっているか」を考えることもまたとても大切です。
この局面、白は次に21.Na4と指したがっていますから、それを防ぐ20…, Nb6が正着でした。そう指されたら、私は仕方ないので21.Nd3と戻り、次に22.Qe3, Bf8 とc5に当ててビショップを引かせてから、23.f4とキング・サイドで局面を打開するつもりでした。でも、
20…,
Bf8
だったので、白はありがたく
21.Na4
と進めて、一つの山を越えました。
21…,
Ra7
22.Qe3,
f6
さて、ここがまた、新たに別の作戦を立てる局面です。
皆さん、ちょっと2分間、考えてみてください。皆さんならどんな作戦を立てますか?
・・・ヒントです。黒はc5のポーンを守るため、駒の身動きが取れません。二個のルークも連携が取れていません。なので、白は時間がかかってもいい。ゆっくり手数をかけてもいいから、ここから先の数手で「形勢を良くする作戦」を見つけてください。
・・・よろしいでしょうか。皆さん一人一人を指名して答えさせるなんて意地悪はしません(笑)。どうぞ頭の中で、ご自分の考えた作戦と、実戦でこれから起きることとを比べてみて下さい。
23.Rd2
先ず、オープン・ファイルにルークを二個とも移動しましょう。これが第一段階です。
23…,
Rc8
24.Rad1,
Rcc7
オープン・ファイルにルークを重ねて、それで今すぐ、どうということはありませんが、将来、dファイルで「何かが起こる」可能性が生まれました。
さて、第二段階。次の作戦です。盤面を見渡してください。白の駒はほぼ全てが展開しましたが・・・でも一個だけ、遊んでいる駒があります。どれでしょう?
25.Kh2,
h5
26.h4,
Kg7
白はg2のビショップが遊んでいますから、これをh3でぶつけ、相手のe6のビショップと交換する作戦です。でも、同時に「相手が何をしたがっているか」、常に考えましょう。黒は次にBh6で白のクイーンとルークの串刺しを狙っていますから、注意が必要です。
27.Qe2, Bg4
28.f3, Be6
29.Bh3, Bxh3
30.Kxh3, Kg8
こうして白は目標を達成しました。でも、勝つためにはもうひと頑張りが必要です。白駒はc5の弱点を攻めてますが、黒駒もしっかり守り、こう着状態です。さて、どうしましょう?
作戦を立てる上で、ぜひ考慮すべき大事な要素。それは、攻めている側は駒を自由に展開できるが、守っている側にはその自由がない、ということです。だから「サイド・チェンジ」です。黒の二個のルークはクイーン・サイドに釘付けですから、白の二個のルークを盤面反対側のキング・サイドに回してそちらを攻撃する。ただし、その前に自分のキングを安全な場所に移しましょう。
31.Kg2,
Kh7
32.Rd3,
Kg8
33.Qf2,
Kh7
34.Kf1,
Kg7
35.Ke2,
Kh7
キングがようやく安全な場所に来ましたので、攻撃開始です。
36.g4
黒が放置すると、37.gxh5, gxh5です。開いたgファイルに白がルークを回しますし、h5のポーンも標的になりますので、黒は応対するしかありません。
36…,hxg4
37.fxg4,
Qe6
38.Qf3,
Be7
39.Bc1,
Qf7
40.h5,
Nf8
次にNe6からNd4と跳ねて何とか反撃しようという狙いです。
41.hxg6+,
Qxg6
この局面、白が次に指した手は、本局の中でたぶん一番良い手best moveだと思います。
42.Qf5
黒にNe6も、Nd7でc5を守る手も許さない、という手です。
42…,
Kg7
43.Be3
ビショップをc5に当てます。黒が守るには、自分からクイーンを交換するしかありません。
43…,
Qxf5
44.gxf5,
Nd7
45.Bf2,
Kf7
46.Rh1,
Bf8
47.Rg3 1-0
白のルークが二個ともオープン・ファイルに回ったこの局面で黒は投了しました。次に例えば48.Rh7+,
Ke8 49.Rg8とピンしてからNxc5とポーンを落とすような手が見えていますが、黒はそれを防ぎようがないからです。
このゲームはとても「分かりやすい」ので、皆さんにお見せしました。相手がミスしたので、それを咎める作戦を立て、優勢を拡大して、勝つ。もちろん、実際のゲームではいつもこんなに一方的な展開になるわけではありません。むしろ、一進一退のまま終盤に突入することの方が多いですから、「エンドゲームを学ぶ」ことが勝敗を左右しますので、次は幾つかエンディングをお見せしましょう。
(続く)