アレクサンドル・バブリンGMのチェス講義 2009年5月31日
(目次)
(1)はじめに
(2)自戦解説その一
(3)自戦解説その二
(4)質疑応答
(5)エンディング講座
(6)再び質疑応答
(7)付録:アレクサンドル・バブリンGMの「私の履歴書」
(1)はじめに
本日は松戸チェスクラブにお招きいただき、有難うございます。私自身、皆さんにお会いできるのをとても楽しみにしておりました。
さて、本日の講座ですが、私の実戦二局を見ていただきながら、作戦planとはどのように立てるものなのか、お話しいたします。その後、面白くて実戦の役に立つエンディングを幾つかご紹介します。そして最後に皆さんからご質問を受けたいと思います。とは申せ、もしも途中で疑問に思ったことがあれば、どうぞご遠慮なくご質問ください。
(2)自戦解説その一(
参照棋譜)
皆さんに最初にお見せするのは、私が1986年にモスクワで指したゲームです。当時、私は19歳。相手のヴァラヴィンも19歳でした。(注:後日、バブリンGMにメールでお伺いしたところによれば、この当時お二人ともCandidate Master でした。このゲームの翌年、1987年にバブリン氏はSoviet
Masterに昇格されましたが、その時には既に国際大会でIM normsを獲得されていたそうです。国内マスターになる前にIMノルマに手が届く。ソ連国内のチェスのレベルの高さを物語るエピソードです。尚、対戦者のヴァラヴィン氏も後にGMとなられました。)
□Varavin, Victor
■Baburin, Alexander
1.e4, Nf6
これがアリョーヒン・ディフェンスと言う指し方です。(序盤早々、白にスペースを与えるので、)黒にとってはちょっと危険な指し方ですけれど、私のお気に入りの定跡で、この頃から今に至るまで、ずっと指し続けています。
2.e5,
Nd5
3.d4,
d6
4.Nf3, Bg4
5.Be2,
e6
この定跡のメイン・ラインとされる指し方です。
6.0-0, Nc6
7.c4, Nb6
8.exd6
ここらで白から取り込むのが「形」です。黒の応手は三通りありますが、8…, Bxd6 ?? も 8…, Qxd6 ?? も 9.c5 で両取りを掛けられて負けなので、ポーンで取り返す一手です。
8…,
cxd6
9.b3
?
あまり良い手ではありません。黒のキングがまだ中央にいますから、9.d5と戦端を開くチャンスでした。
9…,
Be7
10.Be3, 0-0
11.Nc3
白も黒もほぼ全ての駒が動き、局面が煮詰まってきました。そろそろ最初の作戦を立てる時期です。
11…,
d5
白が何もしなければ、次に12…, dxc4 13.bxc4, Bxf3 14.Bxf3, Nxc4とポーン一個得しようという狙いです。なので、白はポーンを突いてきます。
12.c5
さて、黒は次にb6のナイトをポーンで取られてしまいますから、ナイトをどこかに動かさねばなりませんが、どこに動かせばよいでしょうか?「自然な場所」に動かすならばd7ですが、最善ではありません。
ではここで作戦を立てましょう。黒の狙いは、白d4のポーンです。自分のポーンではもう支えることができない、という弱点を抱えたd4のポーンを、どう攻めましょうか?
黒c6のナイトは、もうd4に当たっています。e7のビショップは、次にf6に上がれば、d4に当たります。g4のビショップは、f3の白ナイトと交換することで、d4を守っている白駒の内の一つを消すことができます。ですから、あとはb6のナイトだけです。そこで、「このナイトもd4に当たるにはどこに行けばよいか」と思って盤面を見渡せば、f5に移動すればよいことが分かります。そこから逆算して、
12…,
Nc8
が正着です。
13.Qd2
?
ただクイーンが上がっただけで、何も働いていませんから、良くない手です。最善は13.b4と突き、クイーン・サイドで戦いを起こすべきでした。
13…,
Bf6
14.Rfd1,
N8e7
15.h3
?
これははっきり白のミス。黒はどのみちBxf3と交換するつもりですから、「お手伝い」です。
15…,
Bxf3
16.Bxf3,
Nf5
こうして予定通りf5にナイトが進めましたから、黒は作戦成功です。白はナイトを引いてd4を守るしかありません。
17.Ne2,
g6
この手には二つの狙いがあります。
(1)次に18…, Bg7と引いてから19…, Qf6と出て、d4のポーンに集中砲火を浴びせる「数の攻め」。
(2)あるいは18…, h5とポーンを突いてg4のマス目を押さえて(白がBg4と進めなくして)から、19…, Nh4と跳ねて白f3のビショップを攻める。
ですから、白はもうゆっくりしていられません。
18.Bg4,
Nxe3
19.Qxe3,
Re8
次に20…, e5と突ければ、黒はルークが戦いに参加するだけでなく、ビショップが白a1のルークを攻めることができます。これが実現してはたまりませんから、
20.f4
と突きました。これでもう黒から…, e5とは突けなくなりましたけれど、代償として白はキングの守りが薄くなりました。
さて、ここでまた新たな作戦を立てましょう。盤面を見渡してください。
駒の働きは、黒に分があります。なぜなら、黒c6のナイトはd4に当たっていますが、白e2のナイトはそれを守っているだけ。またf6の黒ビショップはd4から遠くa1まで睨んでいますが、白g4のビショップには特に何の狙いもありません。ですから黒が優位ですけれども、白にはスペースがあります。
さて、優位を拡大するため、黒はどこから動くべきでしょうか。
白に20.f4と突かれ、黒から…, e5と突けなくなりましたから、中央から手は作れません。また、キング・サイドで黒から攻めるのも無理です。
そう考えれば、残るクイーン・サイドで動くのがよい、と分かります。
20…,
b6
21.Rac1,
Rc8
22.Kh1,
bxc5
さて、ここは白が作戦を立てる番です。c5のポーンは、ポーンで取り返すべきでしょうか、それともルークで取る方がいいでしょうか?
もしも23.dxc5と取れば、クイーン・サイドのポーンが3対1となりますから、白は大いに「優勢」ですが、それはしかし、「もしもポーンをどんどん進められれば」という条件付きです。黒の私は、もしも23.dxc5ならば23…, Qa5と飛び出し、a2のポーンを狙うつもりでした。どこかで…, Nb4もあるでしょう。また、…,Be7と引くことも考えられます(この後に実際、そうなります)。前にf6に上がったからと言って、いつまでもそれにこだわらず、局面の変化に応じて別の斜線に移して使うのがビショップを生かすコツです。
ですから白は、クイーン・サイドのポーンを進めるのは望み薄、と判断して
23.Rxc5
と取りました。正着だと思います。
23…,
Be7
24.Rc3,
Bb4
25.Rc2,
Qb6
いよいよクイーンもd4のポーンを照準に捕らえました。
26.Nc3,
Ne7
27.Na4,
Qd6
28.Rdc1
さて、ここでまた新たな作戦を立てましょう。
アマチュアの方によくある誤解は、強い人、特にプロ棋士は「一つの作戦を立てて、それを貫徹するのだろう」です。そんなことはありません。ゲームの中の適当な局面で先ず一つの作戦を立てる。それに応じて指し進めると、盤上で何かが起きて、状況が変わる。そこで、その局面に見合った別の作戦を立ててその先を進める。するとまた何かが起きて・・・という繰り返しで、一局を通じて幾つかの作戦を立てるのが実際のゲームなのです。
さて、盤面を見てください。このゲームでは、白d4のポーン(弱点)を巡って戦いが行われて来ました。ここから先の可能性を考えてみますと、d4を攻めることができる黒の駒が三個(クイーン、ナイト、ビショップ)であるのに対し、白は二個(クイーン、ナイト)です。白ビショップは白マスにいますから、黒マスd4のポーンを守れません。
こう考えれば、黒はルークを全て交換して消せば、残る駒が「三対二」だから勝てる、と分るのです。ですから、黒は
28…,
Ba3
で、ルーク総交換を催促します。
29.Rxc8,
Rxc8
30.Rxc8+,
Nxc8
31.f5
白はジリ貧を嫌い、覚悟を決めました。紛れを求めてキング・サイドで突撃です。ちょっとドキッとする手ですが、冷静に見れば、この攻めが成功するとはとても思えません。白のナイトが盤面反対側のa4に取り残されているからです。クイーンとビショップだけの攻めは怖くありません。
31…,
gxf5
32.Qg5+,
Kf8
33.Bh5,
Ne7
ナイトが守りにぴったり間に合います。
34.Qf6,
Ng6
35.Bxg6,
hxg6
36.Qh8+,
Ke7
37.Qc8,
Qf4
次に38…, Qf1+から39…, Bd6+で殆どメイト、を狙っていますので、白はナイトを跳ねてビショップの道をふさぎます。
38.Nc5,
Qxd4
39.Nb7
どんなに優勢の局面でも、油断大敵です。白は次に40.Qd8#、なんと、チェック・メイトを狙っているのです!
39…,
Qb6
その狙いを消して、これで勝負ありです。
40.b4,
Bxb4 41.a4, a5 42.g4, d4 43.Kg2, d3 44.Kf3, d2 45.Ke2, fxg4 46.hxg4, Qd4 0-1
このゲームは、シンプルではありますが、それだけに一局の推移が分かりやすいと思います。即ち、(1)黒は白d4のポーンが弱点であると狙いを定め、(2)自分の駒が残らず全てd4に当たるようにして、(3)d4を守っている相手の駒を消し、(4)仕上げにルークを総交換し、(5)白の捨て身の反撃に丁寧に対応して勝ち、です。このように、ゲームの流れの中で幾つかの作戦を立てて進めるのが肝心です。
(続く)